大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成4年(行ウ)33号 判決 1997年1月16日

原告

佐藤和行

右訴訟代理人弁護士

小口千惠子

中村宏

被告

横浜市教育委員会

右代表者委員長

髙井修道

右訴訟代理人弁護士

末岡峰雄

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  本件請求

原告は、被告によって任命された横浜市立上菅田養護学校の教諭であったところ、被告から平成四年四月一日付けで横浜市立大綱養護学校教諭に補する旨の転任処分を受けたが、右処分は違法であると主張してその取消しを求めている。

第二  事案の概要

一  争いのない事実及び確実な書証により明らかに認められる事実

1  原告は、昭和五〇年東北大学文学部哲学科心理学専攻を卒業し、昭和五三年同大学大学院修士課程文学研究科心理学専攻を修了し、同年四月被告により横浜市立上菅田養護学校(上菅田養護学校という。)教諭に補せられた横浜市の公務員(県費負担教職員)である。

2  被告は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(地方教育行政法という。)により、神奈川県教育委員会から横浜市の設置する学校の県費負担教職員の転任人事に関する事務を委任されている(同法二三条三号、三七条一項、五八条一項)。

3  横浜市立学校に勤務する教職員により組織された横浜市教職員組合(市教組といい、単に組合ともいう。)があり、上菅田養護学校においては、その上菅田養護分会(上菅田分会といい、単に分会ともいう。)が組織され、市教組の組合員総数一万三〇〇〇名中の七九名と、二番目に大きい分会となっている。

原告は、昭和五八年度を除く昭和五七年度から平成三年度まで上菅田分会の中央委員、分会長、定期大会の代議員となり、上菅田分会の中心的メンバーとして積極的に活動していた。

4  被告は、平成四年四月一日、原告を横浜市立大綱養護学校(大綱養護学校という。)教諭に補する旨の転任処分(本件処分という。)をした。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

1  争点1

原告に本件処分の取消しを求める法律上の利益(行政事件訴訟法九条)があるか、否か。

(一) 被告の主張

そもそも転任処分は、職員に不利益を課する処分ではない。本件処分は、原告の身分、俸給等に異動を生ずるものではないし、原告自身も、本件処分のなされた当時から、神奈川県立養護学校に勤務することを望んでいたのである。

したがって、本件処分は、原告になんらの不利益を及ぼすものではなく、原告にはこれを取り消すことによって回復すべき法律上の利益がないから、本件訴えは、訴えの利益を欠く不適法な訴えとして却下されるべきである。

(二) 原告の主張

被告の右主張は争う。

原告は、本件処分により次のとおり不利益を受けているから、その取消しを求める利益があり、本件訴えには訴えの利益がある。

(1) 原告個人の不利益

イ 原告は、昭和五三年度に上菅田養護学校に着任して間もなく、上菅田分会に加入した。そして、昭和五五年度及び昭和五六年度は分会の教文委員として活動し、昭和五七年度、昭和五九年度及び昭和六一年度ないし平成三年度は分会の代表たる市教組の中央委員として、また昭和六〇年度は分会長として活動するなど、上菅田分会の活動の中心となってきた。

ロ しかし、原告は、本件処分がなされたことにより、上菅田分会に所属しないこととなったことから、以下のとおり、組合活動や教育条件整備要求運動に取り組むのが著しく困難となり、不利益を被っている。

① スクールバスの長時間通学問題(後記2の(二)の(1)のイの①)について、その改善要求運動に取り組むことが著しく困難となった。

② 原告を含む市教組の中でのいわゆる少数派は、「子ども・教育・くらしを守る横浜教職員の会」や、被告を含む横浜市当局と交渉するための「子どもを守る横浜各界連絡会」を組織して活動してきたが、このような組織による活動を展開するためには、原告自身が職場において影響力を持ち活動することが不可欠である。上菅田分会では、右の少数派のメンバーや支持者により分会役員が選出され、市教組中央委員会、市教組保土ヶ谷支部の各種役員選出の母体となることのできる状況であった。このような状況であったからこそ、職場活動が活発であり、各種の職場要求を集約し、いくつかは実現できるだけの力量を分会が保有することが可能となり、全市的にもその影響力を持つことが可能になっていた。

原告は、本件処分により、上菅田分会を組織する上菅田養護学校という職場から切り離され、転任先の大綱養護学校においては、再び分会内の少数派に属することとなり、原告自身が右少数派メンバーとして、組合員や子供の要求を組合に、ひいては組合を通じて市当局に反映させていく活動が著しく困難となった。

(2) 原告の教育権及び教育条件整備要求権の侵害

原告は、被告を含む行政当局に対して、物的・制度的な教育条件の整備を要求する権利を有する(後記2の(二)の(2))ところ、この要求を実現させるためには、教職員組合などの団体が活動することが必要である。原告は、本件処分を受けたことにより、この活動をする権利が侵害され、不利益を受けている。

(3) 市教組上菅田分会の不利益

本件処分によって、原告が上菅田分会から切り離された結果、以下のように、上菅田分会の機能は弱体化して不利益を受けた。地方公務員法(地公法という。)五二条以下が職員団体の地位を確認し、五六条で不利益取扱を禁止していることからして、この上菅田分会の受けた不利益も独自の利益として保護の対象となる。

イ 上菅田分会の運動的機能の低下

上菅田分会が取り組んできた職場の組合員の要求や子供の健康・安全の確保のための各種活動は、原告が分会内の役員ないしリーダーとして、職場の中で発議し、他の組合員を組織して実現を図ってきたものであるが、原告が転任してからは、分会の活動力が落ち、その要求が実現していない。

ロ 上菅田分会の組織的機能の低下

上菅田分会の組織活動においては役員の問題、会議開催の問題、組合組織(非組合員の組織化)などの問題があるが、役員の問題については、原告転任前は原告のオルグにより、役員が立候補により選出されてきたが、転任後は着任順となり、このことから自然と役員の活動力に影響が出るようになった。また、分会会議の開催についても、分会活動の低下に伴い分会会議はほとんど開催されなくなった状況である。これらの結果非組合員も増加し、分会の活動力は低下してきている。

(4) 不当労働行為による労働基本権の侵害

本件処分は、後記2の(二)の(5)のとおり組合活動を理由とするものであり団結権侵害の目的をもってなされた不当労働行為である。組合活動を理由とする転任処分が地公法五六条の不利益取扱に該当し、同法四九条一項の「不利益な処分」に該当することはいうまでもなく、原告は、不当労働行為によってその労働基本権を侵害されたのである。労働基本権が法的保護の対象となることはいうまでもない。そして、法的保護の対象となる労働基本権とは、まさに原告が上菅田分会において日々行ってきた活動を指す。原告は、不当労働行為に該当する本件処分により、右の活動を十分に行うことができなくなる不利益を受けている。

2  争点2

本件処分は適法か、それとも違法か。

(一) 被告の主張

(1) 本件処分は、地公法六条一項、一七条一項、地方教育行政法二三条三号、横浜市立学校教職員組織編成基本方針(基本方針という。)平成四年度横浜市立学校教職員組織編成実施要領(実施要領という。)、平成四年度横浜市立学校教職員組織編成実施要領取扱い事項(取扱い事項という。)等に基づき、平成四年三月末日をもって原告が上菅田養護学校に一四年以上勤務を続けることとなるため行ったものであって、正当なものである。公立学校(大学を除く。)教員の転任処分について、転任に際しては「原則として本人の希望に基づくべきである」との原則は一般に認知されたとはいえず、被告がこの原則に拘束されるいわれはない。

(2) 本件処分を違法とする原告の後記主張は争う。

(二) 原告の主張

(1) 憲法一四条、一九条違反

本件処分は、原告の思想・信条を理由とする処分である、憲法一四条、一九条に違反し、教育基本法の精神にも違反するから違法である。

イ 市教組は、労働条件又は教育条件につき、横浜市教育委員会と対峙することはなく、その意向を伝達し、補完する役割しか果たしていない。そこで、原告は、個人として、または職場の仲間などと、あるいは「子ども・教育・くらしを守る横浜教職員の会」「子どもを守る横浜各界連絡会」の一員として、活動してきた。上菅田養護学校は、肢体不自由の他に知的な発達の遅れが重なっている子供達のための学校である。ここに通う子供達の身体的・知的程度はそれぞれに異なり、原告は、これまで、子供達がそれぞれの課題に取り組んで生きている姿を見ながら、以下のように、劣悪な教育条件を少しでも改善し、子供達の発達を保障しようとして様々な運動の中心を担ってきた。

① スクールバスの長時間通学問題

上菅田養護学校には市内各所からスクールバスで児童・生徒が通学しているが、その中には在学中に亡くなるような命の細い子、座位がとれない子、やっととれる子、ブレーキがかかると身体を支えるのが大変な子などがおり、長い子では片道二時間余りに及ぶ通学時間中、安全上の要請から、座席に身体が固定されるので、その苦痛は限界を超えるものであった。また、乗車時間が長いためにお漏らしをする子もいて、排泄の習慣がようやくついたと思っても、また振出しに戻ってしまうことも問題があり、さらには、障害児、特に自閉的な子には、まめに外からの働きかけが行われなければならないところ、通学中はその機会が奪われてしまうのも問題であった。このスクールバスの長時間通学問題は「障害者いじめ」といっても過言でなく、横浜市の障害児教育の貧困の典型であって、まさしく人権問題である。

原告は平成元年からこの問題を取り上げ、横浜市南部に高等部を持つ肢体不自由養護学校を新設する必要性を訴え、被告と交渉した。この交渉は、「子どもを守る横浜各界連絡会」を通じて行われた。また、原告は、平成二年には「子ども・教育・くらしを守る横浜教職員の会」の一員として、横浜市議会、国会への請願にも取り組んだ。これらの原告の活動等は、横浜市議会、平成三年一二月一一日付け神奈川新聞などでも取り上げられた。このような運動の成果もあって、平成三年九月からスクールバスが一台増車となり、ほんのわずかではあるが改善をもたらすことができた。しかし、被告は、スクールバスの増車はしたものの、横浜市議会でも実態を知らない人向けのごまかしの答弁をするにとどまり、「養護学校の設置義務は神奈川県にある。」などと言って責任逃れに終始しているのである。

原告は、本件処分により、右のような活動を十分に行うことができないこととなり、上菅田養護学校における教育条件改善のための活動の多様性が確保されない結果となった。

② 上菅田養護学校高等部棟二階の避難用スロープ設置問題

上菅田養護学校の高等部においては、教室が二階にあるにもかかわらず、車椅子の生徒を短時間に非難させるだけの職員が配置されていないため、火災等になれば危険な状態にあった。そのため、原告は、被告に対して、避難用スロープを設置するよう要求した。当初は、被告は事の重大さを認識していなかったが、再三の交渉の末、ようやく要求後三年が経過して避難用スロープが設置されるに至った。

③ 小学部棟のクーラーの設置要求問題

上菅田養護学校には体温調節が難しい児童が多く在籍しており、冷房設備が不可欠であったため、原告らは、昭和六二年度からクーラーの設置を被告に要求した結果、昭和六三年に設置されるに至った。

④ 妊娠障害、妊娠時の授業軽減措置の要求

被告は、昭和五五年から同五七年にかけて、小中学校の教員が妊娠した場合に、身体的負担の大きい体育の授業の軽減のため補助教員を派遣する制度を設けたが、養護学校は適用除外とされていた。上菅田養護学校においては妊娠・出産とも順調であった教職員は少ないという実態が明らかとなり、原告は、養護学校に対する適用除外という制度的欠陥を指摘して、教職員が妊娠した場合に補助教員を設置するよう、被告に対して要求し、その結果、昭和六〇年度に養護学校においてもその制度が実施されることとなった。しかし、なお不十分であったため、原告は、補助教員の数を増加させることと体育の授業に限定しないことを被告に対して要求した。その結果、着実に改善がみられるようになっている。

⑤ 腰痛等の定期健康診断の問題

養護学校においては、子供達を抱きかかえることが多く、腰痛等が多発する。原告らは、アンケート調査を実施した上、被告に対して定期健康診断の実施を要求し、その結果、養護学校の教職員には、昭和六二年度から腰痛等の定期健康診断が実施されるようになった。

⑥ 養護教諭同時産休問題

昭和六三年一一月、上菅田養護学校において二人の養護教諭が同時期に産前休暇に入ることになった。神奈川県における教員の妊娠時の授業軽減措置は、二人につき一人の補助教員の配置であるが、養護教諭には適用されない。そこで、原告は、上菅田分会とともに前記各組織を通じ被告と交渉して、具体的対処を求め、人道的立場から被告を厳しく追及した。

⑦ 柳井法子転任問題での交渉

平成二年三月三一日、上菅田養護学校教員の柳井法子が内地留学終了後横浜市立中村養護学校に転任の発令を受けたことについて、原告は、横浜市議会議員を通して被告と交渉し転任の撤回を求めた。

⑧ その他、原告は、日の丸掲揚問題など多くの運動に取り組んでいた。

ロ 被告は、右のような原告の活動を受け入れられないため、これらの運動を嫌悪し、原告の活動を封じて上菅田分会の活動を弱体化させるために、本件処分をなしたのである。以上のように、本件転任処分は、思想・信条による差別として憲法一四条、一九条に違反し、また、教育基本法の精神にも反するものであって、違法である。

(2) 原告の教育権の侵害

児童・生徒は学習権を有し、それは教育権を持つ教師や親に対して教育要求をする権利を主とするものであり、外的教育条件整備についていえば、行政当局に対する「教育条件整備要求権」を含むものである。これに対応して、教師や親はその教育責任を果たすために必要な教育条件整備を自ら行政当局に要求していかざるを得ない。すなわち、教師や親の教育権の中には、教育条件整備要求権が含まれているのである。整えられるべき教育条件としては、児童・生徒の学習条件と教職員の勤務条件とに大別されるが、この教育条件整備を実現させるためには一人の教職員の力によっては非常に困難であり、このため、教職員組合等の団体の取組みとしてその実現をはかっていかざるを得ないのである。原告ないし上菅田分会の行ってきた活動は、この教育条件整備要求権に基づくものであり、本件処分により、この要求権自体が侵害された。

(3) 裁量権の濫用

イ 転任処分が任命権者の裁量によるものであるとしても、その裁量権は無制約ではなく労働契約上の制限、教育の特殊性による制限及び団結権保障の原理からくる制限に服する。

① 労働契約上の制限

公務員は、私的な労働契約関係にみられない公法上の規律に服すべき立場に置かれるものの、人事異動の命令は、その権能の根拠をなす労働契約上の合意の枠内でなされなくてはならず、労働契約上の合意の趣旨に反する配転人事は法的効力を主張し得ない。そして、転任の希望を出した教員のみを配転するという慣行が存在するときには、配転人事にあたっては希望が必要であるということが黙示の合意を通じ労働契約の内容に化体されている。

ところで、被告と横浜市教職員との間には、転任に際しては教職員の希望が必要という慣行が存在した。すなわち、横浜市では、従来から一貫して本人の意向を尊重し、転任希望を提出した教職員のみを転任の対象としてきており、転任希望を提出していない教職員を転任の対象としたことはないのである。

② 教育の特殊性に起因する制限

国際労働機関(ILO)及び国連教育科学文化機関(UNESCO)が「教員の地位に関する勧告」において述べているように、教員は、教育の進歩における基本的役割及び人間の開発の貢献の役割にふさわしい地位が享受されるべきであり、雇用の安定、身分・勤務条件の保障も教員の利益にとっては不可欠であって、たとえ、学校組織、または学校内の編成に変更がある場合でも、あくまで保障されるべきである。

転任処分などの人事権は、もともと恣意的な労働者支配の手段となり、労働者を萎縮させ使用者の意志に服従させる役割を果たし、ひいては労働組合運動を分断・弱体化させる有力な武器になりうるものである。教育人事において恣意的な配転人事を許すということは、民間企業における人事異動の場合と異なり、配転を強要される個人的不利益や組合運動面の障害にとどまらず、それ以上に教育の権力的統制を許すということになる。実際には、政府、行政当局の教育政策に批判的な教員・組合活動家に対する報復人事的色彩が強められてきており、通常の民間企業の場合よりも緩やかに恣意的配転が許されるとすることは誤りである。そして、配転人事が恣意的に行われないためには、その転任は教育活動の助長を目的とするものでなければならないし、教育的観点から必要性が認められ、かつ合理的でなければならないのである。

また、教員の場合には地域との密着性が求められ、継続性が求められる場合が多い。

しかるところ、本件転任処分は、教育的観点からみても必要性・合理性が認められず、教員の教育条件の改善のための活動を阻害するためになされたものであって、非教育的目的のために行われたものである。

③ 団結権保障の原理に由来する制限

配転人事が労働契約上の制限及び教育の特殊性に起因する制限の範囲内のものであったとしても、それが労働組合の団結権侵害としての評価を受ける性質のものであれば、それだけで違法というべきである。

ロ 本件処分は、原告が転任を希望していないにもかかわらず、前記慣行に反してなされたものであるのみならず、教育的観点からみて必要性・合理性がなく、原告の教員の教育条件の改善のための活動を阻害するという非教育的目的のために、かつ、教員の団結権を侵害するという目的をもってなされたものである。

したがって、本件処分は労働契約による制限、教育の特殊性に起因する制限及び団結権保障の原理に由来する制限からくる制約を逸脱するものであって、裁量権の濫用というべく、違法である。

(4) 手続の違法性

イ 横浜市教職員の転任手続は、次のとおりである。すなわち、毎年一一月に被告が全校長に対して基本方針、実施要領及び取扱い事項に関する説明を行い、これを受けて、校長が各学校で教職員に説明する。転任を希望する教職員がその旨校長に申し出ると、異動希望カードが配布され、本人が記入して校長に提出する。しかる後に、被告が翌年二月中旬に本人に対し転任の内示をした上、転任処分の発令をするのである。

この手続の中で異動希望カードは必要不可欠のものであり、これなしに転任処分がなされたことはなかったのである。また、異動希望カードは、本人自身で作成すべきものとされており、本人の意思確認のために当然のことである。

ロ 原告は、転任を希望していなかったので、転任希望カードを提出しなかった。これに対し、校長は、理由を示すこともなく、その提出を求め、原告がこれに応じなかったところ、原告が作成すべき転任希望カードを勝手に作成してしまったのである。

したがって、本件処分は、転任処分に必要不可欠な原告作成の異動希望カードがないままなされたものであり、違法である。

(5) 不当労働行為

イ 被告及び上菅田養護学校長などの管理職員は、上菅田分会を敵視し、その弱体化及び影響力の低下を意図してきた。具体的には、新任の教員に対して上菅田分会への加入を阻止したり、平成元年一二月二〇日の横浜市議会においてスクールバスの問題が取り上げられた際に、校長が原告に対して、「錦の旗をかざしてやるな。」と申し向けたこともあった。また、平成三年三月一一日朝の打ち合わせの直後、校長は、原告を校長室に呼びつけ、原告の体に腕を押さえる等の暴行を加え、「何だ、おまえは。」と怒鳴りつけた。原告が校長に対して謝罪を求めると校長は「何でも反対のための反対、また、ものの言い方からプッツンしてしまった。」と述べた。更に、右校長は、原告が職員会議などで意見を述べた際には常に「それはあくまでも、佐藤君の意見であって」と述べて、原告だけが思っているように描こうとして無視しようとする発言をしたり、朝のミーティングにおいて原告が発言すると、「この時間は演説の時間ではない。」とこれを嫌う発言をしたこともあった。また、被告は、教職員に対し、日の丸・君が代問題等いかなる思想を抱いているかをチェックし、日本や天皇の戦争責任を試験問題に多く取り上げすぎたとして教員に対して担任はずしの圧力を掛けたり、少数派として組合活動に取り組んでいる教職員の在籍する学校に市教組の執行部幹部ばかりを配置するなどしてきた。

ロ そして、原告が中心となって、上菅田分会を組合少数派の拠点とし、様々な組合活動・教育活動を行ってきたことは前記のとおりであるところ、右に述べた事実から被告が右のような活動やこれを行う原告を嫌悪していたことは明らかである。したがって、本件処分は、原告の上菅田分会員(本件処分当時は分会の代表たる市教組の中央委員であった。)としての活動を阻害し、弱体化させる目的でなされた不当労働行為というべきであるから、違法である。

第三  争点に対する判断

一  争点1(訴えの利益の存否)について

1  行政事件訴訟法九条は、処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができると規定するところ、右にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分の直接の法律上の効果として自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害され、または必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解するのが相当である。

2  原告が横浜市立上菅田養護学校教諭として勤務していた県費負担教職員であること、被告が地方教育行政法の定めにより、横浜市を包括する神奈川県教育委員会の有する県費負担教職員の任命権を委任されていること(同法二三条三号、三七条一項、五八条一項)は前記のとおりであるから、被告は、原告に対し、転任処分を行う権限を有するものである(地公法一七条一項)。

3 ところで、地公法一七条一項は、任命の方法として、採用、昇任、降任及び転任の四種を規定するが、右にいう転任とは、任命権者の異同を問わず、既にある官職に任用されている者を他の官職に任命することで、昇任または降任にあたらないものをいう。そして、同項は、「職員の職に欠員を生じた場合においては、任命権者は、採用、昇任、降任又は転任のいずれか一の方法により職員を任命することができる。」と規定しているが、転任について職員の同意を必要とするなどの格別の処分要件を規定していない。このことは、教育公務員特例法五条一項が大学の教員等につき、「学長、教員及び部局長は、大学管理機関の審査の結果によるのでなければ、その意に反して転任されることはない。」と規定していることと対比しても明らかなように、地公法は、公立学校の教員については、本人の意思のいかんにかかわらず、これを転任させることができるものとしていると解される。これは任命権者の自由な判断により職員を適材適所に配置することを可能にして、公務の適正かつ能率的な運営を図る目的に由来するものと解される。したがって、転任処分は任命権者の自由な裁量に属する行為であると解すべきである。このように見てくると、地公法は、転任処分それ自体を職員に不利益を課する処分とは考えていないということができるのであって、身分、俸給等に異動を生ぜしめるものでなく、客観的また実際的見地からみて勤務場所、勤務内容等において、転任に伴って通常生ずることがあるべき不利益を超える程度の不利益を伴うものでないような転任については、他に特段の事情が認められない限り、転任処分の取消しを求める法律上の利益を肯認することはできないというべきである。

4  なお、地公法四九条の二第一項所定の「懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分」の取消しを求める訴えの利益について検討するに、同法四九条一項所定の「懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分」を受けた者が、常に、行政事件訴訟法九条所定の「当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」にあたるということはできない。地公法四九条の二は、「懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分」を受けた職員は行政不服審査法に基づく不服申立てをすることができ、「懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分」以外の処分については不服申立てをすることができないと規定している(同条一、二項)。そして、同法五一条の二は「懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分」であって、右の不服申立てをすることができるものの取消しの訴えは、不服申立てに対する裁決又は決定を経た後でなければ、提起することができないと規定する。この規定によると、同法は、「懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分」を受けた職員がその取消しを求める訴えを提起することができることを当然の前提としているものと解することができる。しかし、そのことは、「懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分」が行政事件訴訟法三条所定の取消しの訴えの対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当するということを意味するにとどまり、それを超えて、およそその訴えには訴えの利益があることを意味するものと解することはできない。すなわち、行政処分の取消訴訟における訴えの利益の有無は、行政処分が有効なものとして存在しているために生じている法的効果を除去することにより、回復すべき権利又は法律上の利益があるかどうかということであって、処分が「不利益な処分」かどうかということではない。処分取消しの訴えにおける訴えの利益は、訴訟要件であって、当該訴訟事件の口頭弁論終結の時点において、裁判所が職権調査の上その存否を判断すべきものなのである。したがって、本件処分が仮に地公法四九条一項所定の「懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分」に該当し、処分の取消しの訴えの対象となるとしても、それだけでは本件訴えに訴えの利益があるということにはならないのである。

5  そこで、原告が本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するか否かについて検討する。

転任という本件処分の性質に、証人新井規能の証言及び弁論の全趣旨(第一七回口頭弁論期日における原告の陳述)を併せると、本件処分は原告の身分、俸給等に異動を生ぜしめるものではなく、客観的また実際的見地からみても、勤務する学校の規模、通勤距離、勤務内容についての不利益を伴うものではないことが認められる。したがって、他に特段の事情が認められない限り、原告について本件処分の取消しを求める法律上の利益を肯認することはできないものといわざるをえない。

6  原告は、本件処分により上菅田分会に所属しないこととなったことから、組合活動や教育条件整備要求運動に取り組むのが著しく困難となって不利益を被っていると主張する(第二の二の1の(二)の(1))。しかしながら、原告が上菅田分会に所属しないこととなったということは、転任処分による勤務場所の変更に伴って通常生じうることであって、原告主張の「不利益」は本件処分の直接の法的効果として原告に生じたものということはできない。したがって、原告主張の「不利益」があるからといって、本件処分の法律上の効力を消滅させること(すなわち、本件処分を取り消すこと)により回復される法律上の利益があるということはできない。

原告は、本件処分により原告の教育権及び教育条件整備要求権が侵害されたとも主張する(第二の二の1の(二)の(2))。しかし、原告の右主張は、結局、本件処分を受けたことにより市教組(上菅田分会)などの団体活動をすることが阻害されて不利益を被っているということに帰するのであって、右の「不利益」を本件処分の直接の法的効果として原告に生じたものということはできない。

7  原告は、本件処分により上菅田分会の運動的機能及び組織的機能が低下するという不利益を被っていると主張する(第二の二の1の(二)の(3))が、右主張に係る上菅田分会の「不利益」は原告の「不利益」ではなく、これと同視することもできないから、本件処分の取消しを求める原告の法律上の利益を基礎づける「不利益」ということはできない。

8  更に、原告は、本件処分は原告の組合活動を理由とするものであり、団結権侵害の目的をもってなされた不当労働行為であり、原告はこれにより労働基本権を侵害されたと主張する(第二の二の1の(二)の(4))。

しかし、原告の右主張も、結局は、原告が上菅田分会において行ってきた活動を十分に行うことができなくなる「不利益」を被っているということに帰するのであり、右の「不利益」が本件処分の直接の法的効果として原告に生じたものということはできない。なお、原告は、組合活動を理由とする転任処分は地公法四九条一項の「不利益な処分」に該当するとも主張するが、右「不利益な処分」を受けた職員が当然にその取消しを求める訴えの利益を有するといえないことは前説示のとおりである。

9  以上のように、本件処分の取消しを求める訴えの利益に関する原告の主張はいずれも採用することができず、職権をもって調査するも、他に本件処分の取消しを求める法律上の利益を肯認すべき特段の事情を認めることはできない。

そうすると、原告は、本件処分の取消しを求める法律上の利益を有するものということはできない。

第四  結論

以上のとおりであるから、原告は本件処分の取消しを求める法律上の利益を有せず、本件訴えはその利益を欠くというべきであるから、その余の争点について判断するまでもなく、これを不適法なものとして却下すべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邉等 裁判官森髙重久 裁判官島戸純)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例